夏目漱石のいわゆる前期三部作とされる作品中の2作目と言われている『それから』についての記事です。※こちらの記事はネタバレを含みますので要注意です。
夏目漱石、前期三部作第二『それから』とはどんな小説?
1909年(明治42年)6月27日から『朝日新聞』に掲載開始され、10月14日まで連載しました。単行本としては1910年(明治43年)1月1日に春陽堂より発行されています。装丁は今まで通り橋口五葉が担当し、当時の本の値段は1円50銭。
著者 | 夏目漱石(なつめ そうせき) |
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掲載開始 | 1909年(明治42年)6月27日 |
単行本発刊 | 1910年(明治43年)1月1日 春陽堂 |
装丁 | 橋口五葉 |
扱っているテーマ | 自由恋愛、個人主義、姦通(不倫)、高等遊民 |
上記の夏目漱石による予告文にあるように、前作『三四郎』の続き(主人公らの設定は大きく異なるが)とされていることから、次に発表する『門』含め、前期三部作の2作目とされています。
さて、この前期三部作2作目の『それから』ですが、どのような内容かと言うと、
簡単に言えば、略奪愛・不倫小説となるこの小説。
前期三部作の2作目で、三四郎の続き~という立ち位置ではありますが、内容、登場人物、主人公の生い立ちなどはかなり異なります。
高等遊民という当時の社会問題(学識もある若者が定職につかずにブラブラしていた)や、姦通、自由恋愛をテーマにしており、主人公の代助が三千代への愛を徐々に取り戻すが、それと引き換えに後戻りできない境遇へ堕ちていく過程はとても読み応えがあります。
『それから』のあらすじ
数種類の参考文献に記載の『それから』のあらすじを紹介します。
若き代助は義侠心から友人平岡に愛する三千代をゆずり自ら斡旋して二人を結びあわせたが,それは「自然」にもとる行為だった.それから三年,ついに代助は三千代との愛をつらぬこうと決意する.「自然」にはかなうが,しかし人の掟にそむくこの愛に生きることは二人が社会から追い放たれることを意味した. (注・解説 吉田凞生)※引用元:岩波書店
長井代助は三十にもなって定職も持たず、父からの援助で毎日をぶらぶらと暮している。実生活に根を持たない思索家の代助は、かつて愛しながらも義侠心から友人平岡に譲った平岡の妻三千代との再会により、妙な運命に巻き込まれていく……。破局を予想しながらもそれにむかわなければいられない愛を通して明治知識人の悲劇を描く、『三四郎』に続く三部作の第二作。※引用元:新潮社
働きもせず、親のお金で自由きままに暮らす代助。しかし、すでに人妻になった三千代と再会して、恋心を抱くが…。漱石文学後期の代表的名作。(解説/石原千秋 鑑賞/井上荒野)※引用元:集英社
友人の平岡に譲ったかつての恋人、三千代への、長井代助の愛は深まる一方だった。そして平岡夫妻に亀裂が生じていることを知る。道徳的批判を超え個人主義的正義に行動する知識人を描いた前期三部作の第2作。※引用元:角川
友人の妻 三千代 との不倫の愛。定職に就かず思索の日々を送る、知識人代助の愛の真実とは何か。詳しく利用しやすい語注付。※引用元:筑摩書房
「人の掟に背く愛」、「明治知識人の悲劇」、「個人主義的正義」、「愛の真実」…どの出版社も色々な表現の仕方をしていますね。
集英社さんの「漱石文学後期の代表作」という言葉が気になります。漱石の作品全体でみると、『それから』は後期の部類に入るのだろうか…。
『それから』第一章
主人公の代助が何もしないでぶらぶらしている「高等遊民」であることがわかります。友人の平岡が東京へやってくるということ、また実家の父から縁談の話があるという2通の手紙が送られてきます。
『それから』第二章
友人・平岡が大阪から東京に帰ってきて、大阪での銀行の仕事がうまくいかなかったことや、唯一無二の親友であったはずの2人が、今では考え方も生き方も違うことで、今までの関係性が崩れていくことが表れています。
『それから』第三章
代助の実家(代助の父や兄)の様子について、そして代助の父と、代助自身との関係がうまくいっていない点や、代助が今でも実家に金銭の保護を受けていることが書かれています。
そして、代助の父、長井得の過去の出来事から佐川の娘に関する縁談の話が持ち上がります。
『それから』第四章
平岡の引っ越し先を探したこと。三千代が代助の家を訪ねてきて、生まれた子供が死んでしまったことや、その健康状態があまり好くないことなど、簡単な三千代の紹介があります。
そして代助のもとに訪れた理由が、夫が作った借金を工面してくれないか…とのことで、先行きの不安が感じられる章です。
『それから』第五章
平岡と三千代は引っ越しを終え、代助は英国人も参加するような園遊会に出席する。代助の地位、社交性が描かれています。
またそこで、先日三千代から借金の工面をお願いされた件で、兄の誠吾に相談するが断られてしまう。
『それから』第六章
代助は三千代、平岡の新居を訪れ、平岡と酒を飲み交わし議論もするが、2人の考え方の違いが明らかとなり、2人の友情の溝がより深くなったように感じてしまう。(主に働くことについての議論)
『それから』第七章
代助は三千代のため、誠吾の妻、嫂の梅子を頼って訪れるがお金を貸すことを拒否されてしまいます。そこで、縁談の話を持ち掛けられ問い詰められるも、不意に三千代のことが頭に浮かびます。
このあたりから随所随所で三千代を意識し始めている気がします。
『それから』第八章
梅子から二百円の小切手が届き、早速三千代に渡しに行く。その際、平岡は不在でした。
その後、平岡が礼を言いに訪れ新聞社に勤めるかもしれないとなるも、双方に嫌悪感のようなものを抱き合っていることが描かれ、かつて自分が取り持った結婚について考え込んでしまう。
『それから』第九章
代助は父に呼び出され、これから先のこと、佐川の娘との縁談のことできつく説教のようなものを受ける。この時は、まぁよく考えてごらんと言われ解放される。
『それから』第十章
三千代が銀杏返しという髪型で、さらに白い百合の花を提げて代助を訪れる。水が欲しいという三千代は鉢のの中野水を飲んでしまう。
そして、もらったお金は借金返済に回さず、生活費に回してしまったことを代助に詫びる。
『それから』第十一章
代助は三千代に会いに行こうとするが、友人の寺尾に邪魔されてしまう。
そして、梅子に呼び出され一緒に芝居を見に行くことになるが、見合い相手の佐川の娘がいて会って話をすることになる。
そこで、代助はこの縁談を迫られれば迫られるほど家族と疎遠になることになるかもしれないと感じ始める。
『それから』第十二章
代助は旅行でもしようかと思いつくが、三千代のことが気にかかり三千代の元を訪れる。
三千代は代助が贈った指輪、他の指輪をも質に入れるほど生活に困窮していたので、耐えかねて持ち合わせていたお金を渡してしまう。
そして後日、代助は兄の誠吾に呼び出され、佐川の娘との顔合わせが行われた。
『それから』第十三章
代助は三千代のことを考えるといてもたってもいられず、また三千代のもとを訪れる。
そこで、三千代は代助から贈ってもらった指輪を取り戻してきたと指輪を見せる。代助は三千代との関係が双方において再び燃え上がっていると感じるが、平岡の遊蕩もあり、夫婦仲が上手くいっていないことを悟った代助は平岡の元を訪れ、三千代のために説得しようと試みるもぐずぐずに終わってしまう。
『それから』第十四章
三千代に対する想いから、縁談を断ることを決心した代助は、嫂の梅子に縁談を断ることと、自分には好きな女がいることを打ち明ける。
さらに、代助は白百合の花を用意し、三千代を呼び、愛を告白する。
三千代は、代助から告白され、なぜ(3年前に)捨ててしまったのかと泣くも、覚悟を決めましょうと平岡と別れ代助と一緒になることを決意する。
『それから』第十五章
代助は縁談を断ることを伝えに実家の父を訪れる。
そこで、代助の父は実業繁栄のためと、政略結婚であることをあからさまに認め、代助に説得を試みるが代助は断ってしまい、「もう、お前の世話はしない」と言われてしまう。
『それから』第十六章
実家からの金銭の援助がなくなることで、不安を抱いた代助は、三千代にそのことを告げるも、
覚悟を決めている、いつ殺されても良いと告げる。
そこで代助は、平岡に三千代との関係を告白し、譲ってもらうことは認められたが絶交を言い渡されてしまう。三千代は病気になってしまったので、譲るのはその後だとも言われる。
『それから』第十七章
病気の三千代のことを考え落ち着かない日々を送っている代助に、兄の誠吾が訪れる。
兄の誠吾は平岡から父宛に手紙が来たと言って、代助に手紙を見せる。
誠吾は代助にそこに書いてあることは本当かと問いただし、「本当です」と答えた代助に誠吾は、
怒り、父からの一生涯の絶縁を伝え、自分ももう会わないと告げる。
実家との絶縁を言い渡され、孤立無援となった代助は仕事を探しに家を出る…。
『それから』に出てくる主な登場人物
・長井代助
30歳で独身、高等遊民として描かれる。
学識も社交性もあるが、働かず親の金でのんびりと暮らしている。
・長井得(とく)幼名:誠之進
代助の父親で実業界での成功者。
代助にしきりに縁談をすすめる。
・長井誠吾(せいご)
代助の兄で、父の会社の重役。
ブラブラしている代助にもそれなりに理解を示す。
・長井梅子
誠吾の妻。代助の母親役といった役割で、代助に理解を示し支援もする。
・平岡常次郎
学生時代からの代助の友人、三千代の兄とも友人だった。
大阪の銀行に勤めていたが、失業し妻の三千代を伴い東京へ戻ってくる。
・平岡(菅沼)三千子
元々は兄と代助とよく遊んでいて、代助とは暗黙の了解のような仲だったが、
代助が平岡との結婚を周旋し、結婚。平岡と共に東京に帰ってくる。
・菅沼(三千代の兄)
作品中ではすでに亡くなっている。
代助、平岡の共通の知人であり、三千代の兄。代助とは懇意でよく三千代と三人で遊んでいた。
代助と三千代の2人の関係を暗黙の了解として、見守っていたらしい。
『それから』に関する豆知識
ここでは『それから』に関する豆知識をまとめています。
・三千代の兄、菅沼について
そもそもなぜ代助は三千代と惹かれ合っていたのに、平岡との結婚を周旋したのか…。
「知らないわ。馬鹿らしい。好きな人がある位なら、始めっからそっちへ行ったら好いじゃありませんか」引用元:岩波文庫版『それから』第十四章 P227
上記のセリフは縁談を断るために実家に行った際に、梅子から意図せず言われたものだけれども、結局この通り、はじめから代助が三千代に告白していれば『それから』にみる悲劇は実現しなかったはずです。
そこで、なぜなのかを考えた際に、やっぱり大きなキーパーソンになるのが「三千代の亡き兄、菅沼」だと思います。
この兄、菅沼に関しては岩波文庫版だと第7章P98、第十四章P241あたりに詳しい記述がありますが、重要だと思うポイントをまとめると…
・妹の三千代も、代助、平岡と仲良くなっていた。
・菅沼は、妹である三千代の趣味の教育を代助にすべて任せていた(=信頼)
・菅沼、三千代、代助の親密さは、代助曰く「一種の意味」を認めない訳にはいかないほどだった。
三千代が来てから後、兄と代助とは益親しくなつた。どっちが友情の歩を進めたかは、代助自身にも分からなかった。兄が死んだ後で、当時を振り返って見るごとに、代助はこの親密の裡に一種の意味を認めない訳に行かなかった。兄は死ぬ時までそれを明言しなかった。代助も敢て何事をも語らなかった。かくして、相互の思わくは、相互の間の秘密として葬られてしまった。兄は在生中にこの意味を私に三千代に洩らした事があるかどうか、其所は代助も知らなかった。代助はただ三千代の挙止動作と言語談話からある特別な感じを得ただけであった。引用元:岩波文庫版『それから』第十四章P242
兄は趣味に関する妹の教育を、凡て代助に委任した如くに見えた。代助を待って啓発されべき妹の頭脳に、接触の機会を出来るだけ与えるように力めた。代助も辞退はしなかった。後から顧みると、自ら進んでその任に当ったと思われる痕迹もあった。三千代は固より喜んで彼の指導を受けた。三人はかくして、巴の如くに回転しつつ、月から月へと進んで行った。有意識か無意識か、巴の輪は回るに従って次第に狭まって来た。遂に三巴が一所に寄って、丸い円になろうとする少し前の所で、忽然その一つが欠かけたため、残る二つは平衡を失った。引用元:岩波文庫版『それから』第十四章P243
兄、菅沼が存命中は、代助も三千代も安心?して惹かれ合っていることができたが、菅沼が亡くなってしまったことにより、その三人のバランスが崩れ、三千代の不幸な境遇(母も兄も亡くなり、父はには余裕がなかった)もあり、そのタイミングで平岡に三千代への想いを告白され、定職に就く平岡に譲ってしまったのではないかと推測できますね…。
作中でも言及されていますが、兄菅沼がもし生きていたら、代助、三千代、平岡の3人の関係もまた違ったものになっていたと思いますね。
・姦通罪と戸主権について
『それから』は略奪愛、不倫(姦通)がテーマのひとつであり、その罪故に社会的なリスクがあったということと、そして当時の「戸主権」というものも大きな意味を持っていると思います。
まず当時の「姦通罪」に関してですが、1880年(明治13年)に刑法353条で「姦通罪」が設けられ、日露戦争後の1907年(明治40年)には重刑化されています。
1880年(明治13年)刑法353条
・有夫ノ婦姦通シタル者ハ六月以上二年以下ノ重禁錮ニ處ス其相姦スル者亦同シ
(夫のある女子で姦通した者は、6ヶ月以上2年以下の重禁錮に処する。その女子と相姦した者も同様とする。)引用元:ウィキペディア
1907年(明治40年)刑法183条
・有夫ノ婦姦通シタルトキハ二年以下ノ懲役ニ處ス其相姦シタル者亦同シ
(夫のある女子が姦通したときは2年以下の懲役に処す。その女子と相姦した者も同じ刑に処する。)引用元:ウィキペディア
この「姦通罪」は女性に厳しいもので、妻を持った男性が未婚の女性と関係を持った場合には問題にならなかったらしいです。
『それから』の時代設定も日露戦争後なので、重刑化された後ですね。性的な関係は結んでいなかったとは思いますが、『それから』の代助と三千代が一緒になることは「罪」を背負うことになります。
次に「戸主権」ですが、1898年(明治31年)に制定された民法において規定された「家制度」に関するもの。
この「戸主権」には主に以下のような権利があります。
・家族の入籍又は去家に対する同意権(ただし、法律上当然に入籍・除籍が生じる場合を除く)(改正前民法735条・737条・738条)
・家族の居所指定権(改正前民法749条)
・家籍から排除する権利
引用元:ウィキペディア
「家族の入籍又は去家に対する同意権」ですが、簡単に言えば家族の誰かの結婚や養子縁組に対して、同意しなければできないという権利が法律で定められていたということです。
「家族の居所指定権」は家族が住む場所を指定できる権利です。
最後に「家籍から排除する権利」ですが、『それから』の中でも代助は実家との縁を切られますよね?このように、戸主による同意を得ずに結婚してしまったり、住む場所の指定に従わなかったり、など「戸主の意向に逆らった」場合、親子の縁を切ることが法律で定められていたということです。
以上、「姦通罪」と「戸主権」についてざっくり簡単にまとめてみましたが、いかに代助と三千代が危ない橋を渡っていたのかが良く理解できますね…。
・高等遊民に関して(ニートと何が違う?)
この項目では「高等遊民」というものをいったん整理しようと思います。
というのもAmazonレビューでよく「代助=ニート」という言葉をよく見かけるからです。もちろん今の読者でもわかりやすいようにあえて「ニート」という言葉を使っている、あるいは使わざるを得ない場合も多いと思うのですが、今現在使われる「ニート」のイメージとはちょっと異なる気がしますよね。
ここで一旦「ニート」の本来の意味を調べてみると…、
【ニート】
十五歳から三十四歳までの、家事・通学・就業をせず、職業訓練も受けていない者。
NEETは、not in education,employment or training の略。イギリスで言い出し、二〇〇四年ごろから日本にも広まる。引用元:岩波国語辞典第七版新版
上記が本来の意味なのですが、世間一般的なイメージとして「ニート=無気力、引きこもり」などプラスでどうしてもマイナスイメージが付きまとっています。
本来の意味だけで考えれば当てはまるのですが…こういうマイナスイメージがプラスしてしまうと、「代助=ニート」としてしまうのは、なんとなく代助が可哀そうな気がしますし、少し乱暴な気もします。
一方、「高等遊民」とは、
漱石の造語ではなく、明治から昭和戦前まで社会問題となった、高学歴にも関わらず一定の職業に就かない若者のこと、なんですね。(僕はずっと漱石の造語だと思ってました…)就学を終えても、就業先がなく就職難であったことが原因のひとつとされています。
特に『それから』の代助の場合は高学歴だけでなく様々な「高等っぷり」が登場しますね。
・帝国大学卒
・ロシアの小説や、哲学(心理学)書、洋書を読む
・園遊会にも出向きイギリス人と話すなど社交性もある
・歌舞伎などの芝居、西洋の音楽も嗜む
・姪、甥にも懐かれている
・花にも造詣が深い
・ピアノも弾ける
・喫煙、酒(めっぽう強い)も嗜む
・芸者遊びもする
・身なりも(多分)お洒落、容姿に気を遣っている
・花の香りに包まれて眠る
・友人寺尾の翻訳を手伝う(頼られる)
などなど…他にもありそうですが、なかなか多趣味で守備範囲が広いですね(笑)
代助のスペックを考えると、一般的なイメージ通りに「代助=ニート」とするのはやはりNGではないかと…でもわかりやすく一言で表すとやっぱり「ニート」になっちゃうのか…。
・『それから』に出てくるたくさんの植物について
『それから』の代助が花に対して造詣が深いせいか、作中には様々な草花が登場します。
あまり植物に詳しくない僕なんかは、あんまり頻繁に出てくるとパッとイメージが湧かなくて苦労するので、作中に登場し、印象深かったものを簡単に紹介したいと思います。
八重の椿 第一章にて
枕元を見ると、八重の椿が一輪畳の上に落ちている。
引用元:岩波文庫版『それから』第一章P7
『それから』のほぼ冒頭に出てくる八重の椿ですが、不思議な始まりで妙な余韻が残りますね。
菖蒲(しょうぶ)、君子蘭(くんしらん) 第八章にて
※菖蒲(しょうぶ)
※君子蘭(くんしらん)
朝の新聞に菖蒲の案内が出ていた。代助の買った大きな鉢植の君子蘭はとうとう縁側で散ってしまった。
引用元:岩波文庫版『それから』第八章P121
三千代に梅子からもらった小切手を渡した後、平岡が訪れるシーンの直前にでてきますね。なんとなく会いたくない気がした。という代助の気持ちが表れるところです。
鈴蘭 第十章にて
代助は大きな鉢へ水を張って、その中に真白な鈴蘭を茎ごと漬つけた。簇がる細かい花が、濃い模様の縁を隠した。鉢を動かすと、花が零れる。代助はそれを大きな字引の上に載のせた。そうして、その傍に枕を置いて仰向けに倒れた。黒い頭が丁度鉢の陰になつて、花から出る香が、好い具合に鼻に通った。代助はその香を嗅ぎながら仮寐をした。
引用元:岩波文庫版『それから』第十章P137
「ありがとう。もう沢山。今あれを飲んだの。あんまり奇麗だったから」と答えて、鈴蘭の漬けてある鉢を顧みた。
引用元:岩波文庫版『それから』第十章P147
共に第十章に出てくる鈴蘭(リリー・オブ・ザ・ヴァレー)ですが、前者は第十章の冒頭において、神経質な代助が外界からの刺激によって精神的に疲れた際に、花の香りを用いてリラックスし眠る~という文で登場しますね。
後者は、三千代が島田に髪を結って、さらに白百合を持って代助宅に訪れるシーンで、代助が水をなかなか用意できない中、思い切って鈴蘭が入った鉢の水を飲んでしまった…という大胆で印象深い箇所に登場します。
ちなみに鈴蘭の花言葉は「再び幸せが訪れる」という意味で、別名「谷間の白百合」。フランスの作家バルザックの「谷間の百合」という小説のタイトルにもなっていますね。しかもこの小説は、フェリックスという青年が、人妻であるモルソフ夫人に恋をする物語なのです…。
白百合 第十章、第十四章にて
昔し、三千代の兄がまだ生きていた時分、ある日何かのはずみに、長い百合を買って、代助が谷中の家を訪ねた事があった。その時彼は三千代に危しげな花瓶の掃除をさして、自分で、大事そうに買って来た花を活けて、三千代にも、三千代の兄にも、床へ向直ってて眺めさした事があった。三千代はそれを覚えていたのである。
引用元:岩波文庫版『それから』第十章P150
彼は雨の中に、百合の中に、再現の昔のなかに、純一無雑に平和な生命を見出した。その生命の裏にも表にも、慾得はなかった、利害はなかった、自己を圧迫する道徳はなかった。雲の様な自由と、水の如き自然とがあった。そうして凡てが幸であった。だから凡てが美うつくしかった。
引用元:岩波文庫版『それから』第十四章P238
代助と三千代にとって白百合は思い出の花。第十章で三千代が代助の元を訪れた際には、「昔を思い出して」と言わんばかりに、白百合と島田に髪を結っているのがとても印象的です。
その後、三千代に愛を告白するシーンでは、十章の三千代にこたえるように白百合を買い込み部屋に準備する代助の所作がなんとも…。
お白粉草(おしろいぐさ)、秋海棠(しゅうかいどう) 第十六章にて
※白粉草
※秋海棠(しゅうかいどう)
「先生、将棋はどうです」などと持ち掛けた。夕方には庭に水を打った。二人とも跣足になって、手桶を一杯ずつ持って、無分別に其所等を濡らして歩いた。門野が隣の梧桐の天辺まで水にして御目にかけるといって、手桶の底を振り上あげる拍子に、滑って尻持を突いた。白粉草が垣根の傍で花を着けた。手水鉢の蔭に生えた秋海棠の葉が著るしく大きくなった。梅雨は漸く晴れて、昼は雲の峰の世界となった。強い日は大きな空を透き通すほど焼いて、空一杯の熱を地上に射り付ける天気となった。
引用元:岩波文庫版『それから』第十六章P267
三千代に告白し、父親の得から「御前の世話はもうせんから」と言い渡され、代助の心に徐々に不安が忍び寄る中、上の空で過ごした日常が良く表れている箇所で出てきます。
違うシチュエーションで出てきたら思わず笑ってしまうような箇所ですが、どこか空っぽで、寂し気な空気が漂っていますね。
『それから』に出てくる名言
何故働かないって、そりゃ僕が悪いんじゃない。つまり世の中が悪いのだ。
引用元:岩波文庫版『それから』第六章P91
この一文には代助の働くことへの考えが記されていると同時に、夏目漱石の日露戦争後の文明批判も多少含まれていると思う。浮足立って西洋列強の仲間に入ろうとするのは良いが、それ故に犠牲にしていることも多いと…。
「つまり食うための職業は、誠実にゃ出来悪いという意味さ。」
引用元:岩波文庫版『それから』第六章P95
確かに切羽詰まった状況化や、精神的に余裕のない中で良いパフォーマンスを発揮したり、価値あるものを生み出すのはかなり難しいかもしれない…、けど誰かに面と向かって言われたら、やっぱり腹が立ちそうです(笑)
「ある事は承知しています。どんな変化があったって構やしません。私はこの間から、―この間から私は、もしもの事があれば、死ぬつもりで覚悟を極きめているんですもの」
「希望なんか無ないわ。何でも貴方のいう通りになるわ」
「漂泊でも好いわ。死ねと仰しゃれば死ぬわ」
「このままでも構わないわ」
引用元:岩波文庫版『それから』第十六章P271、271
上記の文章は代助が三千代に愛を告白し、三千代もそれを受け入れ覚悟を決めた後のことで、実家から援助がなくなるが大丈夫か?と不安に思った代助が何回も確認するところでの三千代の返事です。
何度読んでも、ここの三千代の力強さ(あるいはヒステリックになってる?)の部分には息が詰まりそうになりますね。告白してからのクライマックスは本当に息つく暇がありません。。。
「僕はその時ほど朋友をありがたいと思った事はない。嬉しくってその晩は少しも寐られなかった。月のある晩だったので、月の消えるまで起きていた」
引用元:岩波文庫版『それから』第十六章P288
平岡の遊蕩ぶりや、どことなく卑屈に堕ちて行ってしまうことからついつい忘れがちになってしまうのだけど、元々は代助と平岡は本当に仲の良い親友と呼べる存在だったんですよね。
それをなんとなく思い出させてくれる言葉で、なんだかとても切なくなってしまいます。
「門野さん。僕はちょっと職業を探して来る」
引用元:岩波文庫版『それから』第十六章P299
平岡からの手紙から真相を知った(あるいはもっと想像できないことが書かれていたか?)実家から、生活費の援助を断つばかりでなく絶縁まで言い渡されてしまった代助。
ついに引き返せないところまで来てしまったという感じと、絶望感…。細かく調べていませんが、かつて「門野さん」と呼んだことがあったでしょうか?
その後も、「焦る焦る」、「ああ動く。世の中が動く」と口走りながら駆ける代助…この不穏なクライマックスは圧巻です。
『それから』を読んでの個人的な感想
前作『三四郎』のほろ苦くも爽やかさ軽やかさのある青春恋愛ものとは違い、この小説は姦通(不倫)をテーマに扱っています。
とにかく静から動へのクライマックスが圧巻で、何度読んでも代助の三千代への愛と引き換えの破滅まっしぐらに突き進む感じは胸に迫るものがありますね。
最近は、芸能人の不倫のニュースも多いです。「不倫は良くない」、「奥さん、旦那さん、子供のことを考えると…」等々、若干マスコミのネタ…のような気もしなくもないけれど、この『それから』の時代では、良い悪いという問題だけでなく、法律で決められた「犯罪・罪」である時代。
しかも、代助の父、長井得には戸主権があり、自分の家族の一員をある意味どうにでもできる時代なのです。
いかにリスキーなことか、いかに大きなものと引き換えに愛を手に入れようとしているのか…この2つのバックボーンが理解できていないと、この小説はただのフラフラ金持ちぼっちゃんの不倫話で終わってしまうような気がします。
中には、そもそも代助の高等遊民ぷりが気に食わない人も多いと思いますが、僕の場合は残念なことに?「いいな~」と思ってしまうのでした(笑)
時間もお金にも不自由しないのであれば、
好きなアーティストのライブにも行けて、ジャズバーで酔いしれるも良し、クラシックのコンサートで甘美な高尚な音楽に身を浸すのも良い…。
自宅のハイスペックなオーディオ機器で好きな音楽を聴きながら、本を読みながら、日本酒や、スペシャルティコーヒーの豆を選りすぐって、飲み比べなんかするのも良い。
ちょっとこういう嗜みを…という気分で、反物から着物、浴衣を作ってもらったり、歌舞伎なんかも気軽に見に行きたい。
高級スーツを身にまとい…、外国語も学び…、行ったことないメンズエステ…などなど、どんどん俗になりそうなのでこのくらいにしておきますが、自分の素養を養うためにも、やはり時間とお金は切り離せないものだと思います。
ちょっと脱線しましたが、『それから』の代助はニートではあるものの、素養がしっかりと備わっているので、そこまで反感をおぼえないのです。
もちろん、働くことについて平岡の言うことももっともなのですが…。どうしても代助に肩入れしてしまいますね。
しかし、結局高等遊民である代助はかつて想いを寄せていた友人の妻三千代への恋心を再燃させ、苦悩していくのですが、その代償は前述のとおりかなり大きいものです。
父である長井得から、のらりくらりと縁談をかわしてきたのと同様、実社会からものらりくらりと避けててきた代助もついにその牙にやられることになります。
「焦る焦る」「ああ動く。世の中が動く」
「赤色」が回転し、世の中が真っ赤になり、頭が焼け尽きるまで電車に乗っていこうと決意する代助…その後、遅まきながら社会の荒波に揉まれるであろう『それから』の「それから」はどうなるのだろうか?不穏な空気に包まれながらもインパクトのあるラストシーンはずっと記憶に残ります。
あと、代助からの「愛」を再認識した後の三千代が美しく、可愛く、好きですね。今まで、とっかかりがなく、魅惑的なヒロインが多かっただけに、三千代というヒロインが地味だけど良いというのも、個人的にこの小説が好きな一因だと思います。
「不倫」、「高等遊民」というのがどのように映って、どのような感想を抱かせるのかは、やはり人それぞれだと思うのですが、僕個人として漱石作品の中でかなりお気に入りです。
この『それから』の「それから」は、次作『門』へとつながります。前期三部作最終作で、主人公は『それから』とは異なりますが、その後と思われるような背景は継承しているのです。