夏目漱石 前期三部作『三四郎』あらすじ、登場人物、名言、豆知識、感想など

夏目漱石 前期三部作 三四郎夏目漱石 作品

夏目漱石の前期三部作の1作目と言われている『三四郎』についての記事です。
※こちらの記事もネタバレを含みますので要注意です。

夏目漱石、前期三部作第一『三四郎』とはどんな小説?

1908年(明治41年)9月1日から『朝日新聞』に掲載開始され、12月29日まで連載しました。朝日新聞入社後、『虞美人草』、『坑夫』、『夢十夜』に続く作品で、単行本としては1909年(明治42年)5月13日に春陽堂より発行されています。

この後執筆する、『それから』、『門』に続く、いわゆる前期三部作の第一作目と言われていて、発表当時の評価もかなり良かったらしいです。

さて、この『三四郎』ですが、どのような内容かと言うと、

大学進学により熊本から上京する、平凡な純朴な大学生「三四郎」が、様々な人物と出会い、世の中や常識を学び、美しい女性とも出会い恋をし、そして破れる。

書いてしまうと平凡極まりないストーリーですが、そこはさすが漱石。ただの学生の恋愛ドラマではありません。各所に配された謎めいた言葉や、登場人物(主に美禰子)の仕草に、主人公の「三四郎」同様、読み手であるこちらも翻弄されてしまうのです。

この小説の形式は3人称で語られており、ほとんどすべてが「三四郎」の目線で語られています。なので、登場人物の心情などはあくまで「三四郎の憶測」であることがミソ。

amazonのレビューや、各種漱石関連本を読んでもわかりますが、『三四郎』に登場する美禰子はいったい誰が好きだったのか?どれも確信がないのです。

『坊っちゃん』と並んで、かなり親しみやすい作品ですが、奥行きがあり、そして洗練されていて、何度も読むたびに新たな発見がある作品と言えます。『三四郎』以降、漱石の作品は徐々に扱うテーマが重くなっていきますので、初期の漱石の軽快さが随所に残る『三四郎』はとても良いバランスの作品なのではないでしょうか。

『三四郎』のあらすじ

数種類の参考文献に記載の『三四郎』のあらすじを紹介します。

大学入学のために九州から上京した三四郎は東京の新しい空気のなかで世界と人生について一つ一つ経験を重ねながら成長してゆく.筋書だけをとり出せば『三四郎』は一見何の変哲もない教養小説と見えるが,卓越した小説の戦略家漱石は一筋縄では行かぬ小説的企みを実はたっぷりと仕掛けているのだ. (解説 菅野昭正・注 大野淳一)
※引用元:岩波文庫

 

熊本の高等学校を卒業して、東京の大学に入学した小川三四郎は、見る物聞く物の総てが目新しい世界の中で、自由気儘な都会の女性里見美禰子に出会い、彼女に強く惹かれてゆく……。青春の一時期において誰もが経験する、学問、友情、恋愛への不安や戸惑いを、三四郎の恋愛から失恋に至る過程の中に描いて『それから』『門』に続く三部作の序曲をなす作品である。
※引用元:新潮社

 

大学進学のため熊本から上京した小川三四郎にとって、見るもの聞くもの驚きの連続だった。女心も分からず、思い通りにはいかない。青年の不安と孤独、将来への夢を、学問と恋愛の中に描いた前期三部作第1作。
引用元:角川

 

熊本から東京の大学へ入学した三四郎。都会育ちの美しい美禰子に心を惹かれていく…。愛することの不安と戸惑い、青年の複雑な恋愛心理を清冽に描く。(解説・小森陽一/鑑賞・三田誠広)
引用元:集英社

 

明治後期、熊本から上京、東京の大学に入った小川三四郎の前には三つの世界が待っていた。第一は旧態依然たる慣習の世界。第二は学問の世界。第三は女性のいる恋の世界である。この三つの世界のどれかに自分も入れるかもしれないと考える三四郎は、大学の池のほとりで知り合った都会人美禰子にひかれてゆく。明治40年代の学生生活を描いた漱石の青春小説。
※引用元:筑摩書房

う~ん、やはり集英社と角川の「あらすじ」は、なんというか「軽い」ですね。表紙も現代向けの表紙パターンが多く…僕はあんまり好みでないですが、「世間一般の若い人にも…」という意味での功績は大きいのかもしれないです。(といっても若者がみんなそういったものが好きという意味ではないですよ)

僕は新潮・岩波推しで、「あらすじ」の内容にも納得しますね。でも岩波の「あらすじ」を見ると、「恋愛」、「青春」、「恋」の文字がない…これはあえてなのだろうけど、まだ『三四郎』を読んだことのない人には不親切なのかもしれないですね。

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『三四郎』に出てくる主な登場人物

・小川三四郎(おがわ さんしろう)
ごくごく平凡な主人公、熊本出身で大学進学のため上京。美禰子に惹かれる。

・里見 美禰子(さとみ みねこ)
ヒロイン、美人でかつ聡明と言えるが広田先生には「露悪家」と評され、三四郎を翻弄する。

・野々宮 宗八(ののみや そうはち)
三四郎と同郷で、海外にも名が知られているほどの研究者。美禰子に惹かれる。

・広田 萇(ひろた ちょう)
第一高等学校の教師。三四郎や与次郎が慕い「先生」と呼ぶ。

・佐々木 与次郎(ささき よじろう)
三四郎の同級生でお調子者。広田先生を尊敬している。

『三四郎』に関する豆知識

ここでは『三四郎』を読むにあたって、役に立ちそうな知識をまとめています。主観も含むところがあるので、参考程度に読んでみてください。

・平凡な主人公三四郎と3つの世界について

『三四郎』の主人公、三四郎は、ごく平凡な学生として設定されています。

田舎の高等学校を卒業して東京の大学に這入った三四郎が新しい空気に触れる、そうして同輩だの先輩だの若い女だのに接触して色々に動いて来る、手間はこの空気のうちにこれらの人間を放すだけである、
明治41年8月 朝日新聞の渋川柳次郎に宛てた『三四郎』の予告文より抜粋


上記を読むと、漱石自身で意図してしていることがわかります。「小川三四郎」確かに、平凡な名前ですね。今だったら珍しいですが…笑。

さて、この三四郎君ですが、年齢は23歳。23歳で大学進学で上京?と、現代の感覚で考えるとおかしいかもしれませんが、当時ではいわば高校が大学で、この当時の大学は大学院のようなものなのです。

さて、この三四郎君(なんとなく君付けしたくなるので)ですが、小説の出だしから印象的なシーンがあります。

それが、列車の中で出会った人妻との同衾(どうきん)事件。

【同衾(どうきん)】
1つの夜具でいっしょにねること。ともね。特に男女のともね。
※岩波国語辞典第七版より

名古屋で一泊することになった三四郎君は、車中で出会った人妻に一緒に宿を探してくれと頼まれます。そして宿を探したのは良いのですが、そのまま宿の店員の勢いに流され一緒に泊まることになってしまうんですね。

そこで慌てに慌てる三四郎君が実に初々しくもあり、歯がゆくもあります(笑)風呂に入ったら、女も入ってくるし、布団は1つしか敷いてないし…。

しかし、なんとか切り抜けるも、翌日人妻からこんな風に言われてしまいます。

「あなたはよっぽど度胸のない方ですね」
引用元:岩波文庫版『三四郎』P15

そして三四郎君はというと、

三四郎はプラットフォームの上へ弾き出されたような心持がした。車の中へ這入ったら両方の耳が一層熱り出した。しばらくは凝っと小さくなっていた。
引用元:岩波文庫版『三四郎』P15

これが三四郎君です。まさに序盤に出てくる自己紹介みたいな感じですね。この後も、東京に着いてその発展具合に驚き、様々な人と出会い、色んなことを感じていきます。

そこで、三四郎君の中には3つの世界が出来上がります。

1つ目の世界:遠くになる明治15年以前の田舎の世界
2つ目の世界:学問の世界
3つ目の世界:もっとも濃厚であるが、近づきがたい美しい女のいる世界

上記の3つの世界をぐるぐるしながら、三四郎君は色んなことを感じていきます。しかし、基本的に「受け身」の姿勢なんですね。自分からはあまり動きません。よく三四郎は教養小説だ。と言われますが、『坑夫』同様、最後になっても三四郎君自身が成長しているようには感じませんね。

・今も東大にある三四郎池(心字池)について

夏目漱石 三四郎池

画像引用元:FUKUTAKEHALL

今でいう三四郎池がある本郷、東大の敷地は、元々1615(慶長20)年、大坂夏の陣の活躍によって、加賀藩第2代藩主である前田利常(前田利家の四男)に徳川家康から褒美として与えられた土地です。

その土地に、庭園が築かれたのは、1629(寛永6)年のことで、3代加賀藩主前田利常が大築造したのは寛永15(1638)年、さらに利常の死後、綱紀がさらに補修。池の形が「心」ということから、この池の正式名称は「育徳園心字池」となったものの、夏目漱石の『三四郎』以来、「三四郎池」の名で親しまれているそうです。

作品の中でもたびたび登場しますが、やっぱり三四郎と美禰子が出会うシーンが印象的ですね。

・ちょっと不気味?菊人形とは?

夏目漱石 三四郎 菊人形

画像引用元:ワゴコロ

作品中、本郷団子坂に三四郎、美禰子、よし子、広田先生、野々宮さんの一行が菊人形を見に行くシーンがあります。菊人形を見ている最中に美禰子の体調が良くなくなり、三四郎と2人きりで静かなところで休憩、そして「ストレイシープ」が出てくる箇所なのでかなり重要なシーンですね。

さてさて、皆さんは「菊人形」を実際見たことがありますか?僕は、数回生で見たことがあるのですがちょっと怖かったな…という印象しか正直ありません。

秋の風物詩として、江戸時代に誕生し、明治時代ではかなり人気の高かった娯楽だったようですが、犬神家の一族のショッキングなシーンや、菊の花という印象がどうしても…という方は少なくないのではないでしょうか?

当時、菊人形で表現されたのは、歌舞伎の名場面などで、顔の形も、当時の人気俳優に似せて作られていました。なお、菊人形に使っている菊というのは、お花屋さんなどで買えるような一般的な菊ではなく、菊栽培師(園芸師)によって育てられた、菊人形専用の人形菊なのだそうです。

人形の頭や手、足などは、人形師が作り、人形の衣装は菊師が作るそうですが、その工程や手間のかかることを知ると、改めてちゃんと見たくなりました。

以下のサイトがとても参考になると思います。

夏目漱石『三四郎』の名場面を今に残す、数少ない職人が受け継ぐ菊人形の世界|さんち 〜工芸と探訪〜
愛着の持てる道具と暮らす毎日につながる、発見にみちた産地旅へのおともに、「さんち」は日本全国の工芸と産地の魅力をお届けします。

湯島天神でも毎年、菊まつりが行われているようなので、いつか行ってみたいと思います。

湯島天神菊まつりのご案内

・『三四郎』に出てくる意味深な横文字(ストレイシープ、ダータファブラ、ハイドリオタフィア、アンコンシャスヒポクリット、ヴォラプチュアス…

『三四郎』にはたくさんの横文字が出てきます。しかもただポッとでてくるだけでなく、重要な使われ方や、印象深い場合が多く、この点が今までの作品と大いに異なると感じています。

例えば、

・ストレイシープ(迷える子)

・ダータファブラ→他人事ではないの意

・ハイドリオタフィア→『壺葬論』イギリスの医師ブラウンの著書

・ヴォラプチュアス→肉感的な、官能的な

・ロマンチックアイロニー→天才は何もせずぶらぶらするの意

・ピティーイズアキントゥラブ→哀れみは恋の始まり

などなど…。

・三四郎が適当に選んだ香水『ヘリオトープ』とは?

夏目漱石 三四郎 ヘリオトープ

画像引用元:belcy

ヘリオトープとはペルー原産の植物で、日本には明治時代に伝わったものらしいです。そう考えると『三四郎』に登場するのはなかなか先端なわけですね。このヘリオトープですが、バニラのような甘い香りが特徴的で、「香水草」「匂ひ紫」「恋の花」などの別名があるみたいです。

昔から今でも香水に使用されているようですね。

ヘリオトロープの香りがする香水10選|ヘリオトロープの花の特徴も
ヘリオトロープの香りをご存知ですか?ヘリオトロープとは、別名「恋の花」といい、ムラサキ科の花の一つです。その甘いバニラのような香りがいつの時代も恋する世の女性たちを魅了し続けてきました。そんな恋の花、ヘリオトロープの香水についてまとめました。

作中では、野々宮さんの家に、実家からの無心のお金を取りに行く途中に寄った唐物屋で、ばったりよし子と美禰子に出会うシーンで、でてきます。

【唐物(とうぶつ)】
舶来品。唐物屋(洋品屋)

そこで三四郎は2人にシャツを選んでもらい、美禰子から香水の相談を受けるのですが…全然香水のことなどわからない三四郎は適当にヘリオトープの香水を選びます。そして、美禰子はそれを即決で購入…

今度は三四郎が香水の相談を受けた。一向分からない。ヘリオトープと書いてある壜を持って、好加減に、これはどうですというと、美禰子が、「それにしましょう」とすぐ極めた。
※引用元:岩波文庫『三四郎』P220

ヘリオトロープの花言葉は「献身的な愛」「夢中」「熱望」

これまた意味深ですね。。。僕が思うのに、美禰子はきっとこの花言葉を知っていたんだと思います。才女だし。英語もできるし。

結局、美禰子は誰が好きだったのか問題については、また別の記事を立ち上げて書いてみたいと思いますが、これはなかなか重要だと思うのですよね。

美禰子が、選んだ香水を即決したのは、

・花言葉が三四郎にぴったりだから?
・無意識の偽善、露悪家という性質から、三四郎が選んだ物に決めた?
・想いを寄せる三四郎が選んでくれたから?

うーむ…。皆さんはどう考えますでしょうか?

結局、美禰子は誰が好きだったのか?

※これは別記事で作成したいと考えています。長くなりそうなので…。

『三四郎』に出てくる名言

『三四郎』にでてくる名言をまとめています。

「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より…日本より頭の中は広いでしょう。囚われちゃ駄目だ。」引用元:岩波文庫『三四郎』1章P22

全く同じ意味で使われているわけではないのですが、この文章を読むと「想像力の欠如」という言葉が頭をよぎります。

最近どうも、SNSへの書き込みによる逮捕者とか、動画や写真を投稿して問題になったりとか…あきれるほどの理由で殺人事件が起こったりとか…メディアの意向もあるかもしれませんが、そのような呆れるニュースが多いですね。

「ネットだから大丈夫」とか、「言われてどのような気持ちになるのだろうか…」とか、「どのようなことが起こり得るのか」など、いわば当たり前に想像することができない人が増えているのだろうか?実際に増えてるんだろうけど、表面上に現れているだけで昔から大勢いたにはいただろうな。今はこういう行為が匿名でクリックひとつでできちゃうのが問題で、誰かが引き留めることなしにできちゃうのが怖い。もしそういう気分になったとしても、「いや待てよ…」となることがなく、そのままいってしまうのが怖い。

あと、コロナウィルスの騒動の中、「マスクを転売する人」、「買い占める人」もそうですよね。本当に必要な人の手に渡らず、儲けや自分の身を守るために…。このようなニュースが出るたびに人間の本性でるな…と思いました。悲しいですね。

嫌ですねえ…この手の人間がうようよしてるのが本当に嫌だ。普段からちょっとおかしい人もいるだろうけど、普段はまじめな面して生きてる人も多いんだろう。

「迷子の英訳を知っていらしって」「教えて上げましょうか」
「迷える子(ストレイシープ)──解って?」
引用元:岩波文庫『三四郎』第五章P129

このストレイシープを名言にあげるのはちょっと違うかもしれないけれど、印象深いという見地から見ると間違いないですよね。

「stray sheep」「ストレイシープ」「迷える子」…幾度となく呪文のように独り言ちてしまうほどの何かがあります。三四郎のように書いたりはしませんけど(笑)

「近頃の青年は我々時代の青年と違って自我の意識が強過ぎていけない」
引用元:岩波文庫『三四郎』第七章P169

こういう文章を読むと、結局どの時代でも若い人はとやかく言われるんだな…と思う。

でも自我意識が強いのは特に最近の若い子に顕著かもしれない。いや同年代でも多いか…。「私は私」「俺は俺」意識が強いというか、強調性の無さを「自分の個性のせい」として自己解決してる人間が多いこと。なんかそういう歌詞のヒット曲も多いような気がする。ぐるっと世の中を見まわしてみると、広告やらCMやら音楽やらSNSやら、助長してるものも多いような。

個性じゃなくて、ただの性格だと思う。そういうと怒るんですよ(笑)

『三四郎』を読んでの個人的な感想

この『三四郎』は読むたびに感じ方が変わりやすいから面白いです。

「うーん、やっぱこうなのかな…」、「あ、ここけっこう重要だったんだな」などなど回数を重ねるごとに新たな発見があります。だから飽きないのだろうなと思います。

なので、一回読んでそのまま…という人も繰り返し読んでみてほしいですね。僕は今回、この記事を書くにあたって2回連続で読んでみましたが、それでもやっぱり面白かったです。(同じ小説を連続で読むことは相当珍しいですが。)

重要なポイントは前述しましたが、ほぼほぼ「三四郎目線」で書かれていることだと思います。美禰子の謎かけも三四郎の目線で、「謎が謎のまま」宙ぶらりんだから何度読んでも面白いのかと。

なので何度も読みたくなるのでは…と思います。

冒頭の人妻との同衾も毎回「おい!三四郎君しっかりしろ」と言いたくなるし、菊人形からの美禰子と2人きりになるシーンでも「ストレイシープ」は相変わらず印象的だし、与次郎と三四郎が美しい夜空を眺めての会話(p145あたりから)なんて青春ぽくてグッときます。

Amazonのレビューを読んでても、男女で感じ方がけっこう違うのも面白いですね。

勢いがある『虞美人草』、とにかく細かい『明暗』も好きですが、やっぱり『三四郎』も好きですね。改めて読んでみると、こんなに洒落てたのか、すてきだな~とつくづく思いましたよ。

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